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大本山總持寺修行日記その1

先日久しぶりに修行時代の仲間達と横浜鶴見にある總持寺に行き当時の思い出が蘇って懐かしくなりました。本山に修行にあがったあの日から十年、、、なんだかあっという間に過ぎてしまったように感じます。

大学卒業を待たずに大本山へ

2007年2月、当時駒澤大学仏教専修課の学生だった自分は卒業論文を提出し、あとは卒業の判定を待つだけの日々を送っていました。

この時点で本山に安吾(※修行に行くこと)する事はお家柄決まっていたのですが、それは受け入れ期間終了直前の四月直前くらいでいいかと気楽に構えていました。

ところが同学の寺友達たちと話をするうちにいつのまにか早めに上山する流れになってしまい、卒業判定が出るより早い2月23日に修行に行く事が決定してしまいました。

当日は朝早めの時間の上山だったので、前日は父とともに横浜のビジネスホテルへ一泊しました。翌朝のホテルの朝食はバイキング形式だったのですが当時これからの修行生活のことを思うと食欲が沸かず、ほとんど何も食べなかった事を覚えています。

のちにこの行為を激しく後悔することになるのですがこの時は他のことで頭がいっぱいで何も考えられませんでした。

大本山總持寺の洗礼

2007年2月23日、この日は今にも雨が降り出しそうなとても寒い日でした。この日朝8時に總持寺の門前に着いた自分は父親に見送られながら参道に入って行きました。

参道を上がっていくと自分と同じような格好をした網笠をかぶった修行僧を1人見つけました。彼は福島からきたS君(仮)で自分と同じ日に上山する同日安吾の仲間でした。

S君とお互いこれからの生活を憂い、緊張しながら話をして親睦を深めていると、参道の上のほうにある山門方面からまた1人のお坊さんが降りてくるのが見えました。そのお坊さんは私たちを見つけるとにっこりと微笑みかけながらこう言いました。

『 きみたち、今日上山の新到和尚さん?(新人修行僧の呼び名のこと) 』

『 私はきみたちの1年先輩の修行僧で新到和尚さんの案内をする係なんだよ。 』

『 そこに小屋が見えるだろう?あれが安下処と言って新到はまずあそこで一晩過ごしてから明日正式に上山するきまりなんだ。 』


『 あの小屋の前で挨拶をすると中から監督役の和尚さんがでてきていろいろ教えてくれるから、まずはあそこに行って挨拶して中に入れてもらってね。 』

なんということでしょう、、、、!

修行道場は怖い先輩だらけ、理不尽な事が多いけど負けるな、など聞いてた前評判が嘘のように親切な先輩和尚さんの登場に、S君と緊張してたことが嘘のようにホッと胸をなでおろす気持ちになりました。

「やさしそうな先輩がいて良かったね」S君が満面の笑顔で言った言葉が印象に残っています。

安下処の前で2人並んで教えてもらった通りの挨拶をします。

「ごめんください!」「御免下さい〜!」

すると中から強面の修行僧の方がでてきて睨みつけるようにただ一言、、、、、、

『声がちいせぇ!!』

なんということでしょうッ、、、、

てっきりまた優しそうな先輩が出てくると思ってただけにSくんと一緒に数秒間固まってしまいました。

その後参拝客に見られながら大声で挨拶をやり直させられること数回、やっと中に入れてもらいました、とんだ羞恥プレイです。

安下処に入ってからはそれぞれ正座で壁に向かって座らされ、壁に貼ってある偈文や挨拶文をずっと訓読するよう言われました。そしてそれは夕方になってその日上がる同日安吾が全員揃うまで続きました。早く来ることはいいことだ、と思っていましたが実際はとんだ貧乏くじだ!壁に向かいながら当時はそう思っていました。あとで聞いた話ですがS君も同じ考えだったようです。

全員揃ったあとは明日の心構えと、手荷物検査をされ、その後夕食をとりました。

修行道場の食事は言うまでもなく精進料理、そして超薄味。前日まで自由気ままに食べ物を食べられていた学生生活だっただけにこのギャップは辛いものがありました。

今朝ホテルの朝食のバイキングを食べなかったことを早くも後悔しました。

安下処には六畳一間と簡単な水場しか設備がない為、お風呂などは入れてもらえずその日はそのまま就寝となりました。遠くに聞こえる鶴見の踏切の遮断機の音を聞きながら人生で一番憂鬱な気持ちで眠りにつきました。

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栃木県の南端にある都心からアクセスしやすい場所。龍雲寺はそんな足利の東、
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